​先の見えない世の中と、MIDIギター。
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 この写真を見ると、閉塞感に満ち満ちた僕の楽器業界での日々、特に楽器フェアのことや、MIDIギター開発のことを思い出す。同じように、最近の社会情勢を考えると、将来の日本や自分の老後が不安になる。出生率は毎年過去最低を更新し、日本の人口は近々増加から減少に転じ始める。教育制度改革では、馬鹿を大量に作り出す準備が整ってきた。それでなくとも既に街にはフリーターや派遣社員で溢れている。せいぜい30代の前半くらいまではよいが、その先、いったいどうやって仕事と生活を維持してゆくのか? はたまた彼らが年を取った時、いったい誰が、どうやって彼らを支えるのか。遅々として一向に進まない世界の環境問題対策への取り組み然りで、どこを見渡しても閉塞感で一杯である。

 

 いつの間にか、日本はG7として世界の主要7か国の一員に入っていることが恥ずかしいくらいのレベルに成り下がっている。そう遠くない将来、何らかの現在の経済的地位に見合った位置に日本は落ちていくのではないだろうか。

 

 こうして日本の行く末を憂いてはみたが、そんなこと楽器業界ではもっとずっと以前から当たり前の事だった。80年代から90年代の前半にかけて日本はバブルに沸き、有頂天の時代を迎えていた・・・と、今になって理解はするが、その頃まで楽器業界にいた僕は、バブルを実感したことなどまったく無かった。

 いくら遅くまで働いても残業手当なんて一銭も貰えなかったし、非生産的な労働が多かった。あれでは会社も儲かるはず無かったし、好きだからこそやっている仕事だと自分を納得させるしかなかった。 

 楽器業界にいた間、僕を取り巻く世界は現在の日本全体と同じように、常に将来に漠然とした不安を抱えていた。それと言うのも僕がアコースティックギターとの係わりを目指して業界に入ったからだ。

 僕が業界に入ったころはロックが全盛だった。楽器店を訪れる客は皆エレキギターが目当で、試奏にはディープパープルのフレーズなんかを弾くのが常だった。国内アーティストでは、もうアコースティックギターをメインに弾いているアーティストが目立った活動はしていなかった。そんな70年代の後半、僕はエレキギターを好んで業界に入った連中を羨ましく眺めながら仕事してきた。

 そしてエレキギター全盛を否応なしに感じさせてくれる場所が、2年に一度東京で開かれる楽器フェアという催しの会場だった。日本を代表する楽器メーカーが一堂に集まって新製品を展示して競い合う。世界的にはアメリカのNAMMショーというのが、業界では大きな楽器ショーとして存在したが、日本のそれは似て非なるものであった。

 そもそもアメリカは国がだだっ広く、楽器メーカーのセールスという立場の人達も、日本の楽器メーカーと違って、毎日、御用聞きに店を訪れたりはしない。そこで年に一度、大きな会場で展示会を開き、新製品を紹介し、また会場外では近隣のホテル内で自社の催すパーティーが盛んに行われ、日頃の取引の感謝と、これからの取引について商談を交わす事を目的として毎年開かれている。

  一方、日本の楽器フェアは外見上は同じような展示会なのだが、やっている側の事情がまったく違う。はっきり言って目的が無いのだ。何のために展示会を開く必要があるのか? それが楽器業界に係わる者達の商売にプラスになっているのか?何にもなっていない。ただ、楽器を展示して、東京近郊の人間だけが入場料を払って見に来るだけ。ここではメーカーや問屋が展示しているのだから、その場で販売するわけではない。「こんな新製品がでたから、また、楽器屋さんに並んだら買ってね」といった立場で見せたり、触らせたりするだけの4日間なのだ。

 僕は楽器業界にいた期間中に都合8回~9回ほどこのフェアが行われたわけだ。最初は大阪にいたので、東京で開かれているこの大きなイベントを見に行きたかったけれど、観に行くチャンスを得られなかった。その次からは送り手の立場で参加することになった。毎回10月に開催されるこの催しのために、その年は大半の仕事が準備に費やされる。これに向けた新製品の開発、カタログの制作準備、会場のブース設計や自社のイベントを依頼するアーティストとの折衝・・・。もう、くたくたになる1年間を過ごす。

 そして訪れる本番の4日間。会場内にいて各社の野放しにされた試奏の音の洪水に包まれながら、なかばボーとなった意識の中で「いったい、誰に向けて、何をやりたくて、こんな大仕事をやっているんだろう?」と毎年思っていた。このたった4日間のために費やされる費用は半端ではない。しかしどう考えたってそれを回収できる術が見当たらない。みんなライバル会社が揃って出てくるから、お互いを横睨みして、やめるにやめれなくて出てくるのだろう。

 雑誌社は記事のネタが身近に集まって喜んでいるだろう。あるいは東京近郊の楽器店も、もしかしたらその後の需要の堀起こしにつながっていたのかも知れない。しかし間違いなく出店している各社からすれば、たまったものではない。何やら、無駄と判っていても止められない、どこかの国の公共事業のようなものである。こんなフェアで莫大な経費を捨てるなら、もっと従業員に給料を出せと言いたかった。 

 

 さて、そろそろ本題に入ろう。この2年に一度の楽器フェアでは、その時代がよく反映され、その時期脚光を浴びている楽器が主役として登場する。僕の知る70年代後半から80年代の前半にかけてはエレキギターが全盛であった。それと平行して電子楽器(シンセサイザー)の台頭も著しかった。電子楽器の開発は弱小会社には不可能だ。Y社、R社、C社と言った、例外なく大企業が受け持つ分野である。彼らのブースは半端な大きさではない。資金力にモノを言わせた大きなブースで、さらにディスプレーも凝っている。だからと言って、彼らも決してこのフェアで元は取れない。それどころか、彼らは日頃から自社の開催する新製品発表会等を各地で行っており、こんなばかげたフェアに付き合う必要など毛頭無い、と僕は思う。いったい(日本の)楽器業界とはどうしてこうも稚拙なんだろうと、毎回フェアに参加しながら考えさせられた。

 ある年、ギターシンセを開発することとなった。海外のシンセ開発メーカーとの提携である。ピエゾピックアップを使うその製品は、先発メーカーのマグネットタイプのものよりレスポンスが良く、しかもピエゾは振動を拾うタイプであるため、ブロンズ弦や、ナイロン弦、つまりアコースティックギターにも対応できる。

 ようやくアコースティックギターも時代の最先端について行く手段を手に入れようとしていたのだ。しかしアナログ信号をテジタルに変換するというデリケートな作業を可能にさせるには、アコースティックギターと言うのは厄介な構造をしていたことも事実である。

 例えばこんなケースがあった。工場内の「ある程度ギターを弾ける」程度の弾き手では、ギターシンセのテストはできないということが判った。何故かというと、タッチが不安定で、製品が正しく信号を変換しているのかダメなのかが調べられないのだ。ある時、工場が開発スタッフ数名で、当惑気味に僕の自宅にまでプロトタイプを持ってやって来た。さっそく試奏して、我ながら演奏の確実さを実感した経験がある。

 スタッフ達は僕の試奏を聴いて「うまく鳴っているじゃないか・・。」と言って、口々にお互いの功績を確認し合いながら事情を説明してくれた。彼らの間では工場で試奏していても完成度に確信が持てなかったらしい。演奏のタッチが弱かったり、安定していなかったりすると、センサーがMIDIの音に変換できないのだ。

 ただ、このMIDIギターの一連の仕事。商売としては決して成功したとは言い難い。ギターメーカーにとって、否、ギタリストにとっても一度は試してみたい分野ではあるが、決してそれがギターの世界を拡げてくれる程の恩恵をもたらしてはくれなかった。写真のリーリトナー氏は、僕の関わったMIDIギターを使用してくれていた縁で、東京の某ホテルで会ったときの写真だ。彼が手にしているギターは、このエッセイで既に紹介したジャクソンブラウンが持っているのと同じものである。

 ちょうどその年、楽器フェアを控えており、このとき彼に「よかったら当社のデモ演をを引き受けてくれないか?」と尋ねたら、涼しい、人懐っこい笑顔で「ボクは高いよ」と即答が返ってきた。ある意味、僕が常に嫉妬を感じながら横目に観てきたエレキギター界の、究極の存在の一人がこの人だったように思う。エレキギターの世界も、ジミヘン、クラプトン、ジェフベック、ブキャナンなど、時代の憧れのギタリストは移り変わっていったが、ルカサー、イングウェイ、ヴァンヘイレン辺りの時代でフュージョン勢の台頭が加わって、ラリー・カールトンとこのリー氏達の登場で、エレキギターのテクニック志向も行き着くところへ行ってしまった感がある。

 

 音楽も高度になって行くほどリスナーがついて来れなくなり、マニアックな領域に入ってしまう。大衆に受け入れられやすい領域を越えるとコンサート会場に人を集めるにも、レコードを販売するにも、数が不利になってゆく。楽器の開発で言えば、ちょうど“MIDIギター”などはその領域を踏み外した例にあたると思う。送り手としてはトライしてみたい領域ではあるけれど、それを使いこなせる人はいったいどの程度の数になるというのか。あくまでこの分野の商品だけで独立しての採算には無理がある。

 こうして振り返ってみると、当時の楽器業界も、ギター界も、そして今の日本社会に対しても、閉塞感を感じるからと言って、それは個人の気の持ちようでしかないことを改めて思い知らされる。いくら僕自身が憂鬱な気分で将来を憂いていても、今も楽器業界は無くなってはいないんだし、アコースティックギターも存在を維持しているし、はて、MIDIギターはその後どうなったかな。