超大物アーティストとの対面
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 僕の右にいる人物は誰か?音楽の興味あるなしにかかわらず、この人を分からない人はほとんどいないだろう。時は1988年3月初旬。場所は大阪・万博ホールの中にある一室である。1963年にデビューし、その後ビートルズと共に時代を風靡したストーンズ。このミック・ジャガーの初来日は、以外にもというか、あまりに遅く、やっとこの時なのである。

 一度は全盛期の73年に来日公演が決定し、チケットまで売りに出されたが、過去の麻薬所持による有罪暦を理由に日本への入国を拒否されてしまったのだ。 

 僕は残念ながらこの人のファンでもないしストーンズのファンでもない。従って、当時の来日公演中止事件のことはよく知らない。またそれが、どれだけのインパクトのある出来事だったかも・・・。ともあれ永遠の不良少年と言われ、築き上げてきた数々のエピソードの中のほんのひとコマのせいで、初来日が再び成立するまでにこれほどまでの時間を要したわけだ。また、その運命のいたずらのお陰でで僕は、偶然にも彼の初来日という貴重な機会に巡り合えたのだった。

 

 とは言ってもこれだけ時間を経てしまうと、当時、いったいどういう経緯で彼と会うことになったのか正確には思い出せない。思い出せない程度だから、たいした用事ではなかったことは間違いない。 

 僕がアーティストに会いに行く目的は、たいていの場合、宣伝に利用するための交渉である。しかし、幸か不幸か、T社のギターはあまりに大物が使いすぎていて(しかも彼らは、アメリカやヨーロッパの自国で自費で購入している)、ギターの宣伝に利用しようなどというちっぽけな目的がそもそも成立しないケースが多い。

 

 零細の集まりの楽器業界の中のいち企業の規模で、彼のような世界的な大スターを相手に真正面からCMの相談なんて出来るはずもないのだ。そんなこと申し出ようものなら、たちまち“億”の単位の商談になってしまうだろう。従って、これらのアーティストに会いに行くときは、宣伝(これは内に秘めて)だけでなく別の何かの理由があったのだ。 

 例えば、アフターサービスの一環としてである。彼らは本国で発売されているMade in Japanのギターを日ごろ使っている。だったら、せっかく日本に来たのだから作っている奴らに会ってみたい・・・。というようなケースだ。特に気の利いた楽器のメンテナンス担当が付いているツアーでは、これらの担当者が日本のコンサートツアー招聘元の会社に頼んで「このギターメーカーの人間を来日しているうちに呼んでくれ」と、要求することがある。

 彼らにとっても、日ごろ使っている道具について我々と意見交換をするいい機会なのだ。すると通称“呼び屋”である日本の招聘会社がこちらに連絡をしてくる。「いついつ●△×の日本公演を予定しているので、その時コンサート会場に来てくれ。」となるわけだ。宿泊先のホテルに呼び出されるケースもある。

 こうして呼び屋から声がかかってくる場合は、こちらは「頼まれたから行ってあげる」という立場で行くことができるが、宣伝のために、あるいは新商品の打合せとかを目的として、こちら側に会いたい事情があって連絡をとった場合、呼び屋の態度は違ってくる時がある。「このアーティストは我々が費用を負担して日本に呼んでいる。君たちはその経費にタダ乗りするのか? 用事があるのなら彼らが本国に帰ってから自由にやってくれ」と言って、会わせてくれないワケだ。確かにその主張には一理ある。これは僕が業界で仕事をしていた間中、常に頭を悩ませた問題だった・・・。

 また、日本以外も含めたワールドツアーの最中で、「ギターが故障したので、日本で何とかして欲しい」というケースもある。昔、カーズというバンドが来日したときは、機材がコンテナの中で海水を被って駄目になったので至急ギターが要る。というケースで呼ばれたことがあった。 またある時は、それぞれの国でT社のギターを販売している海外の総代理店が、自国のアーティストが日本に行くことになった場合あらかじめ彼らとコンタクトをとっておいてくれて「日本に行ったら製造メーカーに会って来い」と、紹介しておいてくれる場合もある。どのケースで会いに行ったにしても、本人たちは皆一様に、「よく来てくれた!ステージを観て行ってくれ。」と、気軽にコンサートを観させてくれる。この場合、主役のアーティストに頼まれて、招聘元の呼び屋さんが我々に当日席を急きょ用意してくれる。そんな際の席は決まってミキサーの陣取っているステージ中央付近のいい席だ。

 さて、この時のケースは僕が通訳を連れてたった一人で会いに行ったということは、込み入ったメンテナンス上のトラブル等があった訳ではない。カメラマンも連れて行っていないので、宣伝目的に会いに行ったわけでもない。おそらく、単なる日ごろのご愛顧を感謝しての表敬訪問だったはずだ。 この日、彼ら一行は大阪の万博会場跡の万博ホールにいた。ミックが日本でコンサートをスタートする約2週間前だったと記憶している。日本でのコンサートのために2週間も早めにやってきて、しかも、あらかじめ実際のコンサート会場(本番は大阪城ホール)ではなかったものの、ホールを借りてリハーサルを繰り返す・・・という、とてつもないスケールの仕事に、僕はしきりに感心した覚えがある。これだけでも、大物のコンサートのスケールの大きさがお分かりいただけると思う。バンドのメンバー、コーラスの女性たち、そしてステージ設営のスタッフや部門別のマネージャー達、そしてもちろん専属ボディーガードまで、といった大所帯が1日滞在するだけでいったいどれだけの経費がかかることやら・・・。

 

 そしてこの日、約束の場所でミックに会うのに確か1時間以上待っていたと思う。マネージャーたちは「申し訳ないが、今、ミックはジョギング中なので戻って来るまで待って欲しい」と言われていた。やがて彼が部屋に入ってきた・・・。大きな体の黒人ボディガードが何人か一緒に入ってきたのはに驚いた。彼らに囲まれて、その中心に汗まみれのミックがいた。一度顔を合わせ、着替えてくるというので、再び待たされた。

 今度はさほどの時間はかからなかったけど。そして話をして、この記念撮影に収まった。おそらく、この僕の左にいるギタリスト(名前は忘れてしまった・・・。この時の公演のメインのギタリストはジョーサトリアーニであった)が、T社製品を非常に気に入ってくれており、彼とはこの時も長い間話し合った。このギタリストとは、この後、ホールアンドオーツのコンサートでも再会している。彼は何度も大物アーティストのサポートギタリストとして来日していたようだが、いつもT社のギター使ってくれていた。もしかしたらこの時のミックとの対面は、彼に呼ばれて行って、ついでにミックにも会ったという手順だったかも知れない。

 なにしろ、今となっては記憶が定かでない。しかし、確かに覚えているのは、この時のミックの日本滞在中の騒ぎは結構なものだったといこと。丁度この後、僕がミックと会ったこのときの、ほんの数十分前の写真が写真雑誌「フォーカス」に載った。万博公演を黒人ガードマンたちとジョギングしているミックの姿をフォーカスしたものだ。どんな内容の記事だったかは忘れたけれど、不良の代名詞のようなロックスターが、健康管理に余念がないことを皮肉った内容あたりではなかっただろうか。

 

 この日僕が会った英国の元不良少年は、礼儀正しく落ち着いた紳士であった。元々、ミックは奨学金をもらって大学に通っていたそうで、はじめはプロ活動にも二の足を踏んだそうだ。根っからのロック向き不良少年キースとは“育ち”が違うようだ。後に2003年、ミックに“ナイト”の称号が贈られた際も、キースは「叙勲なんてストーンズらしくない」と、散々馬鹿にした発言をしていたようである。

 

 一言で「大物アーティスト」とは言ってみたものの、僕にも本当のところこの人の大物ぶりのスケール感は掴めていない。僕にも本当のところのこの人の大物ぶりのサイズ感は掴めていない。